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神戸地方裁判所 平成3年(ワ)829号 判決

原告(反訴被告)

株式会社塩山工務店

ほか一名

被告(反訴原告)

正木一美

主文

一  別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく原告(反訴被告)ら各自の被告(反訴原告)に対する損害賠償債務が金一三五万円及び内金一二〇万円に対する平成元年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えては存在しないことを確認する。

二  原告(反訴被告)らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告(反訴被告)らは、被告(反訴原告)に対し、各自、金一三五万円及び内金一二〇万円に対する平成元年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その三を原告(反訴被告)らの、その余を被告(反訴原告)の各自負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の請求

一  原告(反訴被告)らの請求

別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく原告(反訴被告、以下「原告」という)ら各自の被告(反訴原告、以下「被告」という)に対する損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  被告の反訴請求

原告らは、被告に対し、各自、金五〇〇万円及び内金四五〇万円に対する平成元年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え(ただし、一部請求)。

第二事案の概要

原告らの本訴請求は、本件事故による原告らの被告に対する損害賠償債務は既に支払ずみでもはや存在しないとしてその債務不存在の確認を求めるものであるのに対し、被告の反訴請求は、原告らの既払額を上回る損害が生じているとして、その一部の賠償を求めるものである。

一  当事者間に争いのない事実など

1  (本件事故の発生)

別紙交通事故目録記載のとおりの交通事故が発生した(争いがない。)

2  (被告の受傷と治療経過)

被告は、本件事故の結果、下顎骨折、左頬・頸部挫創等の傷害を負い(争いがない)、次のとおり、入・通院して手術等の治療を受けた((1)及び(2)は争いがなく、(3)及び(4)は乙二号証の一ないし七、三ないし一一号証、三七、三八、四一号証、被告本人の供述及び弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。)。

(1) 三田市民病院

平成元年三月九日から同年五月一三日までの間通院(実日数六日)

(2) 川崎病院

同年三月一〇日から同年三月三〇日まで入院(ただし、そのうち一日は通院)

同年三月三一日から同年六月一二日まで入院(実日数五日)

(3) 神戸市立中央市民病院形成外科

同年一二月七日から平成三年六月一三日まで通院(実日数一二日)

(4) そのほか、被告は、左頬挫創の傷痕の治療のため、いくつかの病院で診察を受けたほか、神戸市立中央市民病院脳神経外科でも、頸部症候群について通院治療を受け(実日数一日)、また、その後、前記川崎病院でも、下顎の咀嚼について治療を受けた(実日数一日)。

3  (原告らの責任)

(一) 原告塩山佳史(以下「原告佳史」という)は、原告車両を運転して、自己の過失によつて本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づき、被告の被つた損害を賠償すべき責任がある(争いがない)。

(二) また、原告株式会社塩山工務店(以下「原告会社」という)は、原告車両の運行供用者として自賠法三条に基づき、また、原告佳史の使用者として民法七一五条に基づき、被告の被つた損害を賠償すべき責任がある(争いがない)。

4  (損害の一部填補)

被告は、これまでに原告らから治療費として、三田市民病院分として金八万九三七〇円、川崎病院分として金九九万七三〇〇円の合計金一〇八万六六七〇円の支払を受けた(争いがない)。

5  (自賠責保険の事前認定)

被告は、本件事故により顔面に著しい醜状が残るなどの後遺障害が生じたとして自賠責保険に対し後遺障害の認定を申請したが、非該当と判定された(争いがない)。

二  主たる争点

1  被告主張の後遺障害の有無

(被告の主張)

(一) 被告は、本件事故により受けた左頬挫創につき、事故直後に創傷処置を受けたが、現在でも、左頬に三・二センチメートル、二センチメートル及び一・三センチメートルの瘢痕が残り、表情を作る際には不自然な陥凹ができるところ、このような顔面醜状痕は将来も消失する可能性がないため、自賠法施行令後遺障害等級別表七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)に該当するというべきである。

(二) また、被告は、下顎骨折の結果、現在でも、咀嚼時に左側下顎角部等に疼痛があり、十分に咀嚼できず、少し硬い食品を噛む場合には力を入れることができない状態にあり、また、口を大きく開くことができないため、発語しにくくなつているなど、咀嚼及び言語の機能に障害を残すに至つている。

(三) さらに、被告は、本件事故に遭つた際に頭部を打撲しており、疲労時又は天気の悪い日には、頭重感や耳鳴りがするなどの障害も残つている。

(原告らの主張)

被告につきその主張にかかるような後遺障害が存在するとの点は争う。

被告主張の後遺障害は、いずれも自賠責保険の事前認定において非該当とされている。したがつて、被告に後遺障害が存在することを前提とする被告の損害額に関する主張はすべて理由がない。

2  被告主張の休業損害及び逸失利益と本件事故との相当因果関係の有無

(被告の主張)

(一) 被告は、本件事故のため、平成二年五月三一日、それまでに約三年間勤務していた小西酒造株式会社を退職し、同年一〇月一日から新しくマンパワー・ジヤパン株式会社に勤務して、同社から毎日放送に派遣されることになつたが、被告がこのように小西酒造を退職するに至つたのは、本件事故ののち平成元年五月から同社に復職したものの、被告の前記左頬の後遺障害につき、上司や同僚から色々と尋ねられたりしたために精神的に追い詰められ、同じ職場で勤務することが困難になつたがためであつて、右の退職は、本件事故と相当因果関係があるというべきである。

(二) 被告は、以上のような転職に伴い、平成二年六月一日から同年九月末日までの四か月間については休業を余儀なくされたものであるから、小西酒造勤務当時に得ていた給与月額金一三万五〇〇〇円の割合によつて四か月分合計金五四万円の休業損害が生じた。

(三) また、被告は、この転職の結果、年収にして金二五万四四二四円の減収となつたが、この減収に伴う逸失利益は、平成四年一〇月一日から五年間にわたつて継続すると考えられるから、新ホフマン方式によつてその現価を計算すると(係数四・三六四)、合計金一一一万〇三〇六円となる。

(原告らの主張)

被告が小西酒造を退職したことは、本件事故とは相当因果関係がないから、これに伴う被告主張の休業損害及び逸失利益は本件事故による損害とは認められない。ただし、転職に伴う被告の年収減が金二五万四四二四円となることは認める。

3  原告らが被告に交付した金四〇〇万円の損益相殺の可否

(原告らの主張)

原告らは、被告に対し、平成元年三月一六日に金一〇〇万円を、同年九月六日に金三〇〇万円をそれぞれ支払つたが、この合計金四〇〇万円は、被告の損害の補填に充てるために支払つたものであるから、被告の被つた損害額から損益相殺すべき金員であり、その金額からみても、贈与というべき性質の金員でないことは明らかである。

(被告の主張)

被告が原告ら主張にかかる合計金四〇〇万円をその主張年月日に受領したことは認めるが、右金員は、あくまで重篤な障害を負つた被告に対するお見舞いのための金員であり、損害賠償金という性質を有するものではない。

第三当裁判所の判断

一  本件事故後の被告の症状と退職経過について

前記当事者間に争いのない事実と証拠(甲一ないし九号証、乙二号証の一ないし七、三ないし一一号証、三七、三八、四一号証、検乙一ないし一〇号証、証人正木喜美代の証言及び被告本人の供述)を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  被告(昭和三九年四月一七日生、本件事故当時二四歳)は、本件事故によつて受けた傷害のうち、左頬挫創については、事故当日に三田市民病院において創傷処置(五針縫合)を受けたが、平成元年五月から勤務先の小西酒造株式会社(昭和六二年四月就職)に復職したところ、上司や同僚から、左頬の傷痕について、それが交通事故によつて生じたものかどうかなどと尋ねられたり、親切心からとはいえ、良い病院を紹介するとかいつた話しを色々と聞かされたりしたため、かえつて、左頬の傷痕がそれほど人目を引くような醜いものであるように思われ、他人の目が気になつて精神的な苦痛を感じるようになつた。

2  その後、被告は、知人や上司等の紹介により、左頬の傷痕につき、石岡整形外科等いくつかの病院を訪ねて診断を受け、また、平成元年一二月七日から神戸市立中央市民病院形成外科で治療を受けたところ、これらの病院の各医師からは、左頬の傷痕を良くするためには整形手術が必要である旨言われたけれども、万一手術が失敗したときのことを考えると、手術を受けるという決断ができなかつた。

なお、被告は、平成二年五月二日、神戸市立中央市民病院形成外科において、瘢痕切除術等により傷痕の改善処置を受けた(乙九、一一号証)。

3  そして、被告は、左頬の傷痕についてあれこれ思い悩んだ末、精神的な疲れのため、しばらく仕事を辞めて落ち着きたいと考え、同月末日付けをもつて、小西酒造を退職した。

4  現在、被告の左頬の中央部分には、長さ約一・三センチメートルの横状の線状痕があるほか、口を開いて笑つて表情を作る際には、その両側付近に約三・二平方センチメートルと約二・〇平方センチメートルの陥凹ができるが、このような傷痕は、本件事故後間もない頃と比較した場合には(検乙三ないし五号証と八ないし一〇号証とを対比)、相当程度改善されてきている(なお、神戸市立中央市民病院形成外科では、平成三年六月一三日に症状固定と診断されている。)。

5  また、被告は、下顎骨折については、咬合不全、開口障害、疼痛があつたところ、平成元年三月一六日、川崎病院において全身麻酔下で観血的整復固定術を受け、その後金具の口内嵌め込みによる顎間固定をされるなどしたのち、徐々に開口訓練を行つた結果、咀嚼及び開口の状態が改善されてきたが、平成三年末頃から、咀嚼時に左側下顎角部に疼痛が生じたり、寒冷時にはこれが顕著になるほか、少し硬い食品を噛むときには力が入らないことがあつたり、時には柔らかい食品であつても飲み込まざるを得なかつたりすることがあり、また、大きく口を開けると顎の骨がはずれそうな感じになることがあり、無意識のうちに口ごもつて話すようになるため、話相手からは言葉を良く聞き取れないと指摘されるようなことがある。

6  また、本件事故の際、頚部を捻挫したため、現在でも、疲労時又は天気の悪い日には、頭痛や耳鳴りが起こることがある。

7  被告は、平成二年一〇月一日から、マンパワー・ジャパン株式会社という人材派遣会社に勤務するようになり、同社から毎日放送に派遣されているが、新勤務先では、本件事故のことを知る人がいないため、精神的に落ち着いて仕事ができるようになつている。

二  被告主張の後遺障害の有無について

1  外貌の醜状について

(一) 被告は、前記左頬の傷痕につき、自賠責保険の事前認定では非該当と判定されたけれども、自賠法施行令後遺障害等級別表七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)に該当する旨主張するので、この点について検討する。

(二) ところで、自賠責保険における右別表の後遺障害の認定については、実務上、労災保険関係の「障害等級認定基準(昭和五〇年九月三〇日基発五六五号)」に準拠して取り扱われていることは当裁判所に顕著な事実であるから、まず、右認定基準がどのような内容を定めているかをみてみると、次のとおりである。

(1) 外貌における「著しい醜状を残すもの」とは、原則として、顔面部にあつては、鶏卵大面以上の瘢痕、長さ五センチメートル以上の線状痕又は一〇円銅貨大以上の組織陥凹がある場合で、人目につき程度以上のものをいうとされている。

(2) また、外貌における単なる「醜状」とは、原則として、顔面部にあつては、一〇円銅貨大以上の瘢痕又は長さ三センチメートル以上の線状痕がある場合で、人目につく程度以上のものをいうとされている。

(三) しかるに、被告の左頬に残存する傷痕については、前記一で認定したとおりの大きさ、程度のものであつて、しかも陥凹については口を開いて笑つて表情を作るときにできるものとされており、現在ではこれらが相当程度改善されてきていると認められることからすると、右傷痕は、右(二)の基準と比較してみるとき、外貌に「著しい醜状」を残すものに該当するとも、単なる「醜状」を残すものに該当するとも直ちには認められないといわざるを得ない。

たしかに、証拠(検乙三ないし五号証、八ないし一〇号証、前記正木喜美代証人の証言及び被告本人の供述)によると、被告の左頬に残存する傷痕が頬の中央部分にあるため、頭髪によつてはこれを隠すことができず、未婚の若い女性である被告にとつては言葉に表せないほどの精神的苦痛になつているものと考えられるが、右にみたような程度及び内容の被告の左頬の傷痕については、自賠法施行令後遺障害等級別表七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)に該当するものとはいえず、また、同一二級四号(女子の外貌に醜状を残すもの)に該当するものともいえないというべきである。

それゆえ、被告の左頬の傷痕が自賠法施行令後遺障害等級別表七級一二号に該当するとの主張は採用の限りではないが、前記認定説示にかかるような傷痕がなお残存することについては、本件事故によつて被告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料算定の際に十分にしん酌するのが相当である。

2  その他の後遺障害について

そのほか、被告は、本件事故によつて生じた後遺障害として、咀嚼及び言語機能の障害、頭重感や耳鳴り等がある旨主張する。

しかしながら、被告のこれらに関する症状については、いずれも前記一で認定したような程度及び内容のものにすぎないところ、本件全証拠を検討してみても、被告において、咀嚼又は発音に恒常的な支障が生じ、また、労働に支障を来すような神経症状としての頭痛や耳鳴りが生じているものとも未だ認められないのであつて、結局、自賠法施行令後遺障害等級別表に該当するだけの後遺障害の存在を肯認することはできないというべきである。

したがつて、この点に関する被告の主張は理由がない。

三  被告の損害

1  治療費(争いがない) 合計一〇八万六六七〇円

2  休業損害と逸失利益

(一) 被告は、前記のとおり、被告の小西酒造株式会社退職は本件事故と相当因果関係があることを前提として、同社退職後新しくマンパワー・ジャパン株式会社に再就職するまでの間の四か月間について休業損害として金五四万円、右転職に伴う年収減少による今後五年間分の逸失利益として金一一一万〇三〇六円を請求している。

(二) そこで検討するに、前記一で認定した事実関係からすると、被告が三年間勤務していた小西酒造を退職するに至つたのは、本件事故後に復職したのち、前記左頬の傷痕について、被告が本件事故に遭つたことを知つている上司や同僚から色々と尋ねられたり、病院の紹介を受けたりしたため、右傷痕のことについて思い悩み、精神的に追い詰められた結果、しばらく本件事故のことを知つている人の目から離れて落ち着きたいと決意したからであつたということができる。

右のような事情によると、被告の小西酒造退職は本件事故の結果生じた左頬の傷痕が心理的負担となつてまことに不本意ながら従前の職場から離れたい旨決断したものといわざるを得ず、被告のそのような気持ちの動きは、心情的には十分理解できるところである。

しかしながら、他方で、本件全証拠をしてみても、本件事故のために被告の仕事の遂行上支障が生じ、あるいは小西酒造から不利益な処遇を受けるなどして、同社での仕事の継続が困難になつていたというような客観的事情は全く窺われないのであつて、以上のところからすると、結局、被告の右退職は、専ら自己の心理的な面からの決断であつたと評価せざるを得ないのである。

そうすると、右退職と本件事故との間に法的な意味での相当因果関係を直ちに肯認することは困難であるといわなければならず、他にこれを認めるに足りるだけの証拠は存在しない。

(三) 以上によると、被告主張にかかる小西酒造退職に伴う休業損害及び逸失利益については、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰着する。

もつとも、慰謝料算定に際しては、被告の右のような退職に伴う精神的苦痛をも一つの事情としてしん酌すべきものといわなければならない。

3  慰謝料 金五二〇万円

(一) 被告は、本件事故による慰謝料として合計金一三〇〇万円(傷害慰謝料として金三〇〇万円、後遺障害に基づく慰謝料として金一〇〇〇万円)を請求している。

(二) そこで検討するに、まず、本件事故の態様については、証拠(乙一三ないし三一号証、三四号証、原告佳史及び被告本人の各供述)によると、本件事故は、原告佳史が飲酒の影響により酔つており、前方注視が困難となつて正常な運転ができない状態にあつたにもかかわらず原告車両の運転を開始し、その後間もなく、前方を歩行していた被告に対し原告車両を衝突させたというものであること、原告佳史は、本件事故当時、事故の状況を憶えていない程度に相当酔つており、原告車両は、被告に衝突したのち、さらに約二〇〇メートル進行して付近の民家の塀に衝突して初めて停車したこと、被告は、原告佳史が途中から無灯火で運転してきていたため、原告車両の接近に全く気付かず、いきなり後方から衝突されて側溝に落ち、前記のような傷害を負うに至つたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右にみたような事実関係からすると、本件事故は、原告佳史の飲酒運転に基づくまことに悪質なものであり、原告佳史の一方的かつ重大な過失によつて惹起されたものというほかない。

(三) また、本件事故の結果、被告は、事故当日から相当長期間にわたつて入通院して治療を受け、特に下顎骨折については手術後金具を口内に嵌め込んで顎間固定を行うなどの苦しい治療に耐え、また、左頬の傷痕については、いくつかの病院を回つて診察を受け、整形手術を行うかどうかについてあれこれ思い悩んだことは、これまでに認定説示したとおりである。

(四) そして、現在でも被告の左頬には前記認定説示にかかるような程度及び内容の傷痕が残存し、これが未婚の若い女性である被告にとつてかなりの精神的苦痛となつており、そのために、それまでに約三年間にわたつて勤務してきた会社を無念にも退職するに至つたこともまた、これまでに認定説示したとおりである。

(五) 以上にみたような本件事故の態様と原告佳史の過失の程度及び内容、被告の被つた傷害と治療経過及び入通院期間、被告の左頬に残存する傷痕の程度と内容並びにこれに伴う、被告の年齢等からする将来に及ぶ前示の如き様々な心理的負担の大きさのほか、原告らが本件事故後に後記のとおり自らの出捐によつて慰謝の措置を講じていることなど、本件証拠に表れた一切の諸事情を総合して考えると、本件事故によつて被告が受けた精神的苦痛を慰謝すべき金員は、金五二〇万円を下回ることはないと認めるのが相当である。

4  損益相殺

(一) 以上の損害額を合計すると、金六二八万六六七〇円となるところ、まず、被告がこれまでに原告らから治療費として合計金一〇八万六六七〇円を受領したことは当事者間に争いがないから、これを右の損害額から控除すべきものである。

(二) 次に、原告らが本件事故後被告に対し平成元年三月一六日に金一〇〇万円を、同年九月六日に金三〇〇万円の合計金四〇〇万円をそれぞれ交付したことは当事者間に争いがないところ、原告らは、これを被告の損害の補填に充てるために支払つたものであるから被告の損害額から控除すべきである旨主張するのに対し、被告は、右金員は単なるお見舞金として受け取つたものであつて、損害賠償金とは別個のものである旨主張する。

そこで検討するに、証拠(乙一二、三四号証、前記正木喜美代証人の証言及び原告佳史の供述)によると、右のうち金一〇〇万円は、原告佳史の父が被告の入院期間中に被告側の当座の費用に充ててもらうつもりで当時入院していた原告佳史に代わつて交付したものであること、その後、被告側の吉田忠男と原告佳史の妻の伯父西上薫とが互いに知合いであつたため、右両人の間で本件事故の示談の話合いがもたれるようになつたところ、原告佳史の刑事事件について被告から嘆願書を提出してもらい、将来円満に示談解決ができるようにする目的もあつて、原告佳史と西上が原告佳史において工面した金三〇〇万円を寸志ということで被告宅に持参したところ、被告の母喜美代と吉田がこれに対応し、お見舞金という形にしてこれを受け取つたこと、そのほかに、原告佳史は、合計一〇回程度被告の見舞いに訪れたが、その際にはお見舞品として手土産等を持参していたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実関係によると、被告の治療継続中の時期とはいえ、原告らから被告に対して交付された金一〇〇万円及び金三〇〇万円という金員は、その金額に照らしてみても、いずれも被告の被つた損害の補填に充てるために交付された損害賠償金と認めるのが相当であつて、被告主張のように損害の賠償とは関係のない単なる儀礼的な意味での贈与金であつたことはにわかに解し難いといわなければならない。

そうすると、原告らが被告に対して交付した前記合計金四〇〇万円については、これを被告の被つた損害の補填に充てる趣旨で交付されたものというべきであつて、被告の前記損害額から控除するのが相当である。

(三) 以上によると、被告の損害額は、合計金一二〇万円ということになる。

5  弁護士費用

右認容額と本件事案の内容、訴訟の審理経過等を総合勘案すると、本件事故と相当因果関係があると認めるべき弁護士費用の額は、金一五万円が相当である。

四  結び

以上によると、被告は、原告ら各自に対し、本件事故による損害賠償金として、金一三五万円及び内金一二〇万円に対する平成元年三月九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有するということができるから、原告らの本訴請求及び被告の反訴請求は、いずれも右の限度でのみ理由があるからこれを認容し、かつ、その余の部分はいずれも失当というべきであるから棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

交通事故目録

一 発生日時 平成元年三月九日午後八時一五分頃

二 発生場所 兵庫県三田市相生町一六番二五号先路上

三 加害車両 原告(反訴被告)塩山佳史運転の軽四輪貨物自動車(以下「原告車両」という)

四 被害者 被告(反訴原告)

五 事故態様 原告車両の左前部が本件道路上を同方向に向かつて歩行していた被告(反訴原告)に衝突。

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